$ 0 0 時は安政元(1854)年。日米和親条約の締結によって箱館の開港が決定。ロシアの脅威に対抗して建てられ、役目を終了していた箱館奉行所を内陸部に再建することになり、この奉行所を中心とした城郭が築かれることになりました。 そして、適塾でオランダ兵学を学んだ大洲藩士・武田斐三郎(たけだあやさぶろう)により誕生した姿は日本初の星形の城でした。 では、星形の城・五稜郭に込められた戦略的見所をご紹介します。